勇気を出して人を信頼しよう! 「幸せになる勇気」 アドラー心理学

幸せになる勇気横

「幸せになる勇気」は、2013年に発刊されたベストセラー「嫌われる勇気」の続編です。
両著とも岸見一郎さん(哲学者)と古賀史健さん(フリーライター)の共著によるアドラー心理学の解説本となっています。

「嫌われる勇気」では、人に嫌われる勇気を持たないと人生における真の自由は手に入らないというアドラーの主張をまとめたものでした。

今回紹介する「幸せになる勇気」は、「人を無条件で信頼する勇気」を持つことを提言しています。
「人を愛する勇気」とも言い換えられます。

アルフレッド・アドラーは心理学者ですが、その思想は、ほとんど哲学です。
著者の岸見一郎さんも哲学者で、専門はギリシャ哲学。

ギリシャ哲学といえばプラトン。
プラトンの著作といえば対話形式で書かれていることで有名です。

「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」も対話の形で書かれています。
両著とも登場人物は二人。

アドラー心理学に精通する哲人と悩める青年。
青年が哲人に悩みを正面からぶつける形で進んでいきます。

「嫌われる勇気」のおさらい

飛び越える女

前作「嫌われる勇気」では、二人の対話によりアドラー心理学の根本原理が示されます。
まず、アドラー心理学では「承認欲求」が否定されます。

承認欲求は他人の期待を満たすために生きていることであり、それは自分の人生ではなく他者の人生を生きているのと同じだとしています。

そこで、アドラー心理学では「課題の分離」を提唱します。
他者の自分に対する承認や評価は「他者の課題」であり、自分ではどうすることもできないこととして切り離します。

ただし、他者からの承認や期待を切り離すと、その他者から嫌われる可能性が高まります。
そこで、他者から嫌われる「勇気」が必要になります。

他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを恐れず、承認されないかもしれないコストを支払わない限り、精神的な自立はできません。

ただし、アドラー心理学は、他者への無関心を推奨しているわけではありません。
他者との「課題の分離」を行いつつ、「共同体感覚」を持つべきこととされます。

自分も、他者も、この世界を構成する、かけがえのない一部。
そのことが理解できれば、人は誰もが精神的には対等であることが感じられます。

対等であるため、アドラー心理学では、他者を褒めたり、叱ったりしてはならないとします。
それは例え自分の子供であっても。

褒めるということは他者を「評価」することであり、それは対等な関係ではなく、上下の関係になります。
そのため、他者に対しては評価するのではなく、「感謝」することが重要となります。

最後に、アドラー心理学では、過去にとらわれず、「今を生きる」ことを重視します。

「嫌われる勇気」を持って、他者との「課題の分離」を行い、「共同体感覚」を感じて、人に「感謝」し、「今を生きる」。
これが前作「嫌われる勇気」の主なポイントでした。

真の愛には勇気が必要

握手

「幸せになる勇気」では、教師の青年がアドラー心理学に従い、子供たちに対し、褒めもせず、叱ったりもしない教育を行った結果、教室は荒れ放題になってしまったとして哲人に訴えます。
青年はアドラー心理学を捨て、今では信賞必罰の教育方針に変えていると言います。

これに対し、哲人は子供たちを対等な存在として尊敬しなければならないと指摘します。
どんなに低俗な遊びであっても、そこに関心を寄せ、一緒になって遊んで自分も楽しむ。

そのときに初めて子供たちは自分が子ども扱いされず、ひとりの人間として「尊敬」されていると実感します。
青年は確かに褒めも叱りもしませんでしたが、子供たちへの「尊敬」が決定的に欠けており、そのことを敏感に感じ取った子供たちは「問題行動」に出るのでした。

アドラー心理学では、子供たち(人間)の問題行動を5つの段階分けて、問題行動の隠れた目的を考えます。

第1段階は「称賛の要求」。
つまり、いい子を演じ、ほめられようとする段階。
これが進んでいくと、「ほめられなくては適切な行動をしない」若しくは「罰が無いならば不適切な行動もとる」という世界観を身に付けてしまいます。

第2段階は「注目喚起」。
ほめられないならば、叱られるようなことをしても目立ってやろうと考える段階。

第3段階は「権力争い」。
簡単に言うと反抗。
ここで、怒りに任せて叱責することは、相手と同じ土俵に立ってしい「権力争い」は増長していきます。

第4段階は「復讐」。
ひたすら相手の嫌がることを繰り返し、「憎まれる」ことにより繋がろうとする段階。

第5段階は「無能の証明」。
自分がいかに無能であるのかを証明しようとし、あやゆるものに無気力になります。

これら5つの段階の全てに隠された動機は「所属感」、つまり「共同体のなかに特別な地位を確保すること」という目的に根ざしています。

この隠れた動機を別の言い方にすると「悪いあの人」「かわいそうなわたし」となります。
しかし最も重要なことは「これからどうするか」。

アドラー心理学では、問題行動にでる「原因をさぐる」ことはしません。
変えられない過去ではなく、眼前の「変えられるもの」を直視します。

そして「これからどうするか」は、教師が安直に押し付けるものではなく、子供たちとともに一緒に考えていくことが重要となります。
つまり、教師は子供たちの上に立つことなく、ひとりの友人として向かい合う必要があります。

子供たちとの「交友」には、「無条件の信頼」を持たなければなりません。
何故ならば、人間は「自分のことを信じてくれる人」の言葉しか信じようとしないから。

「意見の正しさ」で判断するのではありません。
だからこそ、まず「無条件の信頼」が必要となってきます。
そしてこの「無条件の信頼」に相手が応えてくれるかどうかは、「他者の課題」として切り離されます。

他人に対する「無条件の信頼」とは、すなわち「愛」。
決して究極的には完全に分かりあうことのない他者を「無条件」に信頼すること。

当然、他者を無条件に信頼することは簡単ではありません。
勇気がいります。

しかし、勇気をもって無条件の信頼に一歩を踏み出したとき、利己的でも、利他的でもない真の愛に目覚め、幸福に包まれるとアドラーはいいます。

見返りを求める条件付きの愛は、問題行動を起こす子供たちと同じレベルにあり、甘え・依存が抜けていない状態です。

言い換えれば、無条件の愛を持つということは、精神的に自立するということです。
精神的に自立していることとは、真に自由な人生を歩むこと。
精神的な自由を持たずして、真の幸福は手に入りません。

対人関係の喜びと苦しみ

手をつなぐ子供

本書「幸せになる勇気」では、主に教師と生徒という視点から話しが進みますが、読み進めていくと、親子、家族、職場の上司と部下など、様々な人間関係の問題解決に共通していることが分かります。

アドラー心理学では、全ての悩みは「対人関係」の悩みであるとしています。

つまり世界中から全ての他者がいなくなれば、悩みは消えます。
しかし、喜びもまた対人関係から生まれます。

宇宙で一人になったら、悩みがない代わりに喜びもない人生になるのです。
対人関係に悩んで生きるか、喜びを感じて生きるか。

それは真の愛である「無条件の信頼」に踏み出せる勇気を持てるかどうかにかかっているとアドラーは言います。

この本を読んだら、直ちに幸福になれるわけではありません。
しかし、確実に幸せになれるヒントがあります。
皆様も本書を読んで、真の幸せに踏み出すチャンスをつかんでいただければと思います。

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