映画「ALWAYS三丁目の夕日」あらすじと感想 昭和には確かに父親がいた!地域コミュニティがあった!

三丁目の夕日

ネットで「ALWAYS三丁目の夕日」と「ALWAYS三丁目の夕日’64」を続けて鑑賞。
「ALWAYS三丁目の夕日」は2007年公開。
「ALWAYS三丁目の夕日’64」は2012年公開。

監督は山崎貴さん。
山崎貴監督と言えばVFX・CG。
昨年観た山崎貴監督の「アルキメデスの大戦」での冒頭の戦艦大和沈没のシーンは圧巻でした。
それと長男が幼稚園生だった頃一緒に観た「STAND BY ME ドラえもん」は親子で泣いたなぁ。

【STORY】

①ALWAYS 三丁目の夕日
舞台は昭和33年の東京。
青森から集団就職のため上京する六子(むつこ)。
六子は鈴木オートという小さな自動車修理工場に住み込みで働く。

一方、鈴木オートの前にある駄菓子屋を経営しながら小説を書いている茶川(ちゃがわ)。
茶川の小説は何度投稿しても落選続き。
少年漫画に寄稿している冒険小説で何とか食いつないでいる。

ある日、茶川は行きつけの飲み屋のママ(ヒロミ)に色仕掛けでママの知り合いの子供である淳之介を押し付けられる。
淳之介は茶川が書いている冒険小説のファンで、茶川は淳之介から尊敬の対象として見られ、そのまま奇妙な共同生活が始まる。

ある日、淳之介は自分の母を高円寺で見たという話しを聞く。
それを同級生の鈴木オート社長の息子(一平)に伝えると、二人で路面電車に乗って母に会いに行くこととなった。

しかし、母とは会えず、帰りの電車賃を持っていない二人は途方にくれる。
鈴木オートと茶川たちは、帰ってこない子供たちに大騒ぎとなる。

②ALWAYS 三丁目の夕日’64
前作から6年後の昭和39年が舞台。
相変わらず茶川は少年向けの冒険小説で食べているものの、打ち切りの危機にあった。

茶川のライバルは同じ雑誌に連載する緑沼(みどりぬま)。
実は緑沼は茶川の養子となった中学生の淳之介であった。

その頃、絶縁していた茶川の父の死亡の電報が入る。
茶川は実家に戻ると、実は父親は茶川の大ファンで、全ての雑誌を買っていたことが分かる。

茶川の父は、小説家という職業を選んだ息子に対し、背水の陣で望むよう仕向けるため、勘当するフリをしていたのであった。
そのことを知り泣き崩れる茶川。

一方、淳之介は小説家の夢は諦め、勉強に専念する。
しかし、雑誌の編集者は度々淳之介を訪ねて、連載を再開するよう依頼する。

茶川は淳之介に本心を言うよう問い詰める。
小説を書きたいと告白する淳之介。

それを聞いた茶川は、茶川の父親と同じように、辛さを噛み殺し、心を鬼にして淳之介に家を出ていくよう命じる。

家を出ていく淳之介。
しかし、淳之介は茶川とは違い、父親である茶川の本心を見抜いていたのだった…。

【父親は「成っていく」もの】

さすがの山崎貴監督、昭和30年代が見事に再現されていました。
(昭和30年代には生まれていないけど…。)
昭和30年代という時代は、まだまだ地域コミュニティが存在し、隣人同士の繋がりが強かったことが分かります。

時代の描き方だけでなく、人間ドラマも非常に面白く、特に茶川と淳之介が赤の他人から、親子の関係になっていくところは、この映画の一番の見どころです。

貧乏人の茶川が、何とか金を工面して淳之介にクリスマスプレゼントを渡すシーンは涙無くして見ることはできません。

母親と違って、父親というのは子供と過ごしながら少しづつ父親に成っていくものだと改めて思わせました。

「懐古主義だ!」とか「no more nostalgia!」なんて批判が聞こえてきそうな映画ですが、社会の発展に伴い我々は何を失ったのかを考える切っ掛けになるという意味で、観る価値は十分にあると思います。

「more nostalgia!」と思う方は是非ご覧あれ。
損はさせません。

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