映画『盤上の向日葵』原作との違い4選!坂口健太郎版はなぜ物足りないのか

映画「盤上の向日葵」を公開初日に鑑賞。

監督・脚本は熊澤 尚人(くまざわ なおと)。
主演は坂口健太郎。

柚月裕子の同名小説が原作。

今回も原作小説を読んでから映画を鑑賞。
原作は上下巻の2冊で構成された、やや長い小説。

長いが面白い。

悲惨な境遇に生まれ育った天才「上条桂介」が、賭け将棋で生きる男「東明重慶(とうみょうしげよし「鬼殺しのジュウケイ」)」と出会い、平穏な人生を捨ててプロ棋士になっていく物語。

物語の冒頭で山中から高価な将棋の駒を胸に抱いた白骨死体が発見される。
物語が進むにつれて、この死体と駒と上条の関係が明らかになっていく。

原作小説と映画を比べると圧倒的に原作小説が面白かった。

もちろん上下巻の長い物語を2時間の映像にまとめるわけだから、原作を超えることは相当に難しいことは分かる。

それにしても原作の良さが映画では表現されていなかったと感じた。

以下、原作小説と映画の主な違いを4つほど挙げてみたい。

① 駒の持ち主にたどり着くまでの時間

物語の前半、白骨死体が抱いていたこの世に7組しか現存しない希少な将棋駒の持ち主を、佐野刑事(高杉真宙)と石破刑事(佐々木蔵之介)が探す。

原作小説では上巻の最後に駒の持ち主が判明していくが、映画ではあっさりとたどり着く。

原作小説の上巻は十章で構成され、佐野刑事の視点の章と上条の少年期を支えた唐沢の視点の章が交互に書かれている。

つまり、映画版では原作小説の半分をバッサリ切り捨てている。
長い小説を2時間にまとめるのだから、仕方がないとは思う。

ただ、切り捨てたために佐野刑事のキャラクターが薄まってしまった。
ちなみに佐野刑事は過去にプロ棋士を目指して奨励会館にいたが、プロにはなれず、現在は刑事をしている。

著者の柚月裕子先生が、佐野刑事のポジションを、どう考えていたかは分からないが、上条と対象の位置にいるキャラクターとして描いたとも読み取れる。
仕方がないのとはいえ、省略は少しもったいない。

② 上条の婚約者「宮田奈津子」

公式サイトにも書かれているが、映画版オリジナルのキャラクターとして土屋太鳳が演じる「宮田奈津子」が登場する。

映画の上条は大学卒業後、会社で好成績をあげて金を貯め、唐沢から譲り受けた将棋駒を買い戻した後、宮田農園で働き始めて奈津子と婚約する。

原作小説では将棋駒を取り戻した後は自分で会社を立ち上げて大成功して上条は大金持ちになる。

新進気鋭のベンチャー企業の若社長として有名になり、それをクズの父親がかぎつけて金を要求していく。

つまり原作小説のメインキャラクターには一切女性は登場せず、ラブストーリーもない。

これは明らかに柚月裕子先生が意識して女性を物語から排除したもの。
それにも関わらず、映画版では女性を登場させたわけだが、この改変が成功したとは思えない。

この物語は、平穏な生活を捨てて戦いの中に身を投じてしまう「男の業」を描いていると個人的には感じている。

この物語が「男は戦いを欲し、女は戦う男を愛する」という人間の根源的な部分を浮き彫りにするものであるならば、「宮田奈津子」は勝負の世界に没入していく上条を愛するキャラクターとして登場させて欲しかった。

戦う男に魅了されるのは女だけではなく男も同じ。

つまり、この物語の男たちに魅了される観客(読者)の代弁者としての「宮田奈津子」であるとよかったかもしれない。

③東明との最後の勝負及び竜昇戦

映画版での東明と上条の最後の勝負は東明が勝つ。
しかし、原作小説では東明が負け、匕首を使って自殺する。

しかも、原作での東明は「二歩」の反則(自分の歩兵が配置されている筋(縦の列)に、持ち駒の歩兵を打つ手)で負ける。

実は上条も竜昇戦(映画では描かれていない)において「二歩」で負ける。

二人とも勝負師として、あり得ないミスで負ける。
これは二人が勝負の世界から決別したことを意味するのかもしれない。

④盤上の向日葵

映画ではなかったが、原作ではタイトルにあるとおり、盤上に向日葵が見えるシーンがある。

これは上条が次の一手に悩み、悩みぬいた際に現れる。

これは上条の母親が向日葵畑にいるところを度々夢で見たことに由来する。

なお、竜昇戦での上条は向日葵が盤上に現れず、二歩で負けてしまう。

この盤上の向日葵は勝負の世界と平穏な日常との接点であり、向日葵が現れなかったのは、やはり勝負の世界からの解放を意味しているのかもしれない。

以上の4点がパッと思いつく原作との違い。

とにかく女性が書いたとは思えぬ硬派な物語。

単なる偏見ではあるが、女性作家の小説といえばメンヘラチックなラブストーリーが多いイメージがあるが、本作は男性的な力強いストーリー。

原作は上下巻と長いが、徐々に謎に迫っていくように物語が進み、飽きさせない。
映画版を面白いと感じた方は是非、原作小説も読んでもらいたい。

関係ないが、将棋をモチーフにした物語といえば、能條純一の傑作漫画「月下の棋士」がある。
私の大好きな漫画の一つ。

今回「盤上の向日葵」を観て(読んで)、久しぶりに「月下の棋士」を読みたくなった。
柚月先生に小説を書く前に「月下の棋士」を読みました?と、ちょっと聞いてみたい…。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です