映画「三島由紀夫VS東大全共闘」あらすじと感想 三島の天皇論

三島由紀夫VS全共闘横

三島由紀夫といえば、戦後日本を代表する作家です。
歴史を重んじ、遂には象徴天皇制反対に至り、保守主義を超えた右翼に近い思想を持っていました。(本人は違うというでしょうけど。)

東大全共闘は、当時の東大内にある学生運動を行っていた各組織の連合体です。
当時の学生運動の主張は様々であったようだが、簡単にまとめると、戦後体制の打倒・破壊が目的。つまり、左翼。

全く主張の異なる両者でしが、何と東大全共闘は全共闘が主催する討論会に三島由紀夫の参加を要請します。
驚くべきことに、この挑戦状とも言える要請を三島は受諾します。

時は1969年(昭和44年)5月13日。
場所は東大駒場キャンパス900番教室。

集まった全共闘学生は約千人。
その千人に、たった一人で対峙する三島由紀夫。

この伝説の討論会の映像が残っており、本映画はこの映像を中心に当時の全共闘の学生、三島が組織した民兵組織「盾の会」のメンバー、三島の知人などのインタビューを交えたドキュメンタリー形式となっています。

三島・全共闘とも非合法の暴力を認める立場。

会場には「近代ゴリラ現る!餌代100円!」と書かれた挑発的なビラが貼られているなど、異様な雰囲気で討論会は始まります。

しかし、さすがの三島の胆力とユーモアにより、討論会は意外にも整然と進みます。
様々な学生と意見を交わしますが、中心は東大全共闘随一の論客である芥正彦(あくた まさひこ)との討論。

芥は東大のインテリ学生らしく、意味不明な観念語を並べ立てるも、三島は最後まで冷静に聞き取ります。
芥の主張は分かりづらいですが、どうやら彼は政府の打倒だけでなく、歴史、国籍、常識などなど、あらゆる既存の概念から自由になりたいという超前衛的な主張をしているようです。

芥学生が三島に対し、
「(三島の考え方だと)あなたは日本人という限界を超えられないということでしょう。」
と尋ねると、三島は
「できなくていいんだよ。僕は日本人であって、日本人として生まれ、日本人として死んでいく。それでいいんだ。」
と答えます。

歴史を運命として受け入れる三島。
歴史から逃れたいと、もがく全共闘。
しかし、歴史から完全に自由になれるわけもなく、敗れ去っていく全共闘。

一方、三島は自分の存在の前提となる日本というものが、戦後、どんどんなくなっていくと感じていました。
そして三島は、日本の歴史と文化の源泉は天皇であり、戦後の象徴天皇制は本来の天皇の在り方と違うという思想に至ります。

三島は、思想の中で立ち止まることを嫌い、思想よりも「行動」することに重きを置いていきます。
三島は、あるときから自らの肉体を異常なまでに鍛え上げ、自衛隊に何度も体験入隊を繰り返し、遂には「盾の会」なる民兵組織を立ち上げます。

そして、東大全共闘との討論会の1年後、盾の会のメンバーとともに自衛隊市ヶ谷駐屯地に乗り込み、自衛隊員に自説を叫んだ後、割腹自殺。享年45歳。

自決した年の7月のサンケイ新聞夕刊に、遺書ともいうべき有名な随筆が掲載さます。

「私はこれからの日本に希望をつなぐことができない。

このまま行ったら『日本』はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。

日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。

それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。」

三島が死んでから50年。
彼のいうとおりの日本になってしまったのかもしれません。

 

三島由紀夫の天皇論

三島は新憲法による「象徴」としての天皇に断固反対していました。
三島にとっての天皇は神であり、絶対者でした。

しかし、絶対とは相対の逆であり、私より小さいとか、大きいとか、重いとか、軽いとかとは無縁のものでなければなりません。

ところが、天皇はこの世に存在してしまっています。
この世に実際に「在る」ものが「絶対」な訳がない。

当然このことは三島にも分かっていたでしょう。
にも関わらず、何故、三島は天皇主義者になったのか。

それは、戦争で死んでいった知人、友人、同世代の人々に対する約束への答えだったのです。
戦争に行けず、生き残ってしまった三島にとって、戦争で死んでいった若者の「俺たちの死の意味は?」という問いに何とか答えようとしたのです。
その答えが天皇だったのです。

戦後、天皇は人間宣言されました。

そうなると天皇は神であると思って死んだ人々はどうなるのか。
「神というのはウソでした。」で済まされるのか。

この思いが端的に表れているのが、三島の短編小説「英霊の聲」。
二・二六事件の青年将校と特攻隊員の霊が天皇の人間宣言を呪う。

三島にとって新憲法と天皇の人間宣言に賛同することは、死んでいった仲間たちへの裏切りに他ならなかったのです。

 

割腹自殺という「行動」

そして、三島は思想の内に留まることをせず「行動」にでます。
三島は、行動を伴わない思想を徹底的に嫌っていました。

だからこそ、自らの肉体を鍛え、盾の会を結成。
最後には自衛隊市ヶ谷駐屯時にて、自衛隊総監を人質にとり、自説を叫んだ後、割腹自殺を遂げます。

この極端すぎる思想と行動の源泉は何だったのか。
徴兵検査に落ち、戦争にいけなかった劣等感が、その一つであったことは間違いなさそうです。
劣等感というより生き延びてしまった負い目。

それとも、自決へのマゾスティックな憧憬か。
「美」への命をかけたこだわりか。

分かりません。

しかし、そう遠くない過去において、日本を憂い、自決した小説家がいたことは、もっと多くの人々に記憶されなければならないと思います。


三島と全共闘の思想の是非はともかくとして、千人の敵を前にして平然と、堂々と意見を述べる三島の姿は、お金を払って観るに値すると断言できます。

三島を知る世代も、そうでない世代も観て損は無し。
おすすめです。

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