映画「Mr.ノーバディ」あらすじと感想 男は戦いを愛し、女は戦う男を愛する!

主演はボブ・オデンカーク。
バックトゥザフューチャーでエメット・ブラウン博士(ドク)を演じたクリストファー・ロイドも重要な役で出演している。

Mr.ノーバディ

Story

妻、息子、娘とともに暮らすハッチ・マンセル(ボブ・オデンカーク)は、超がつくほどの平凡なサラリーマン。

ある日、夜中に男女二人組の泥棒がハッチの自宅に侵入。
ハッチの家族は泥棒に気付き、息子が男の泥棒にタックル。

ハッチはゴルフクラブを持って女の方に向かうが、女が持っていた銃に弾が入っていないことに気づき、撃退せずに逃がす。

結局、数ドルと腕時計を盗まれた程度で済んだが、ハッチは息子からの信頼を失う。
やりきれないハッチは、泥棒の腕に彫られていた入れ墨から住所を突き止め、乗り込んで腕時計を取り戻す。

金も取り戻すつもりだったが、赤ん坊がいたため、それ以上何もせず立ち去るハッチ。
ハッチは消化不良のままバスに乗っていると、酔っぱらったチンピラたちが乗った車がバスにぶつかる。

車を降りたチンピラ達はバスに入ってきて、乗っていた少女に絡みだす。
少女の救出とストレス解消のためにチンピラを叩きのめすハッチ。

しかし、そのチンピラの中にはロシアンマフィアであるユリアンの弟がいた。
ユリアンはハッチの自宅に部下を送り込む。

ハッチは家族を地下室に避難させ、反撃したが生け捕りにされ、車のトランクに入れられる。
しかし、ハッチはトランクから抜け出し、乗っていたマフィアを殺す。
ユリアンを倒す決意を固めるハッチ。

実はハッチは結婚する前は殺し屋だった。
殺し屋としての最後の仕事の際、命乞いをした相手を逃がす。
数年後、逃がした男の暖かな家庭を見て、殺し屋を辞めたのだった。

ところが一連の戦いの中で、ハッチは殺し屋としての自分が本来の自分であることに気づく。
ユリアンへの反撃もどこか楽しんでるようでもあった。

ユリアンは元FBI捜査官であったハッチの父デビット(クリストファー・ロイド)の命も狙うが、デビットも戦いの喜びを思い出していた。

ハッチ、デビット、そしてハッチの異母兄弟ハリーの3人でロシアンマフィアを撃退し、ユリアンを殺す。

警察に拘束されるハッチであったが、取り調べをしている二人の警官に同時に電話がかかり、何故かハッチは釈放される。

ハッチは日常に戻り、妻と新しい家を探す。
そのとき、脅迫めいた電話がハッチにかかる。
ハッチは不動産屋に「この家には地下室はあるか」と質問したところで終わる。

 

平和という虚しさ

Mr.ノーバディ

平凡な日常と家庭を持つことを夢見たハッチだったが、いつしかストレスをかかえていく。
そして戦いの中に充実を見出し、本来の自分を取り戻していく。

同じテーマの映画に「ファイトクラブ」がある。
ファイトクラブの主人公ノートンは、何不自由のない生活を送っていたが、不眠症に陥り、ノートンの中に別の人格であるタイラーが現れる。

タイラーは地下にファイトクラブなる素手による殴り合いを楽しむ組織を作る。
最後にはクラブの会員たちを使って社会を破滅に導いていく。

タイラーは言う。
「俺たちは歴史のはざまに生まれ、生きる目標が何もない。世界大戦も無く大恐慌も無い。おれたちの戦争は魂の戦いだ。」

現代は国や家のために戦場に赴き命を落とすことがなくなり、平和な時代が訪れ、「男らしさ」などという言葉は忌み嫌われ、死語となった。

それでも男の本性は戦いの中で最も光輝く。
ところが、現代を生きるためには男は男の本性は抑えなくてはならない。

抑制を続けると最後には解放の欲求はに至る。
この欲求を人よりも多く心に抱える私のような男にとっては、本作品はメチャクチャ面白い。

男の本性は「戦いたがり」。
そして戦う男に魅力を感じるのが女の本性。

平和なんてクソくらえ!と思わせる危険な映画だが、観るだけでストレスが発散できる傑作。
男なら迷わず観るべし。

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