自分を愛する勇気 自分を愛せない人は他人も愛せない

隣人愛と自己愛

自己愛
キリスト教の大事な教えに「隣人愛」があります。
「あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない」。

この教えは、単に道徳的な意味だけではありません。
隣人を愛することは、愛される隣人だけでなく、愛する自分も幸せになることを意味しています。
人間は人を愛し、人のために行動するときにこそ真の幸せを感じる不思議な生き物なのです。

しかし、この教えで重要なところは、前段の「あたな自身のように」の部分です。
このキリスト教の教えは、隣人愛の戒めとともに、自己愛の戒めにもなっているのです。
つまり、この教えは「自分を愛さなければならないように、隣人を愛さなければならない」と言い換えることもできます。

自己愛とナルシシズム

自撮りする女

ここでいう「自分を愛する(自己愛)」ことは「ナルシシズム」とは違うことに注意しなくてはなりません。
ナルシシズムの語源は、ギリシア神話において、ナルキッソスという男が水面に写る自分に恋をしたとの話しから由来しています。

「水面に映る自分」とは、他人の眼に映る自分です。
他人から良く見える自分を愛しているのがナルシシストです。

よく自撮りをしている人をナルシシストと呼ぶ人がいますが、そんなことはありません。
「自撮りをしたらナルシシストと思われるから自撮りをしない」という人の方が、他人の評価を気にしているという点でナルシシストです。

自分を愛する勇気

自分を見つめる自分

一方、自己愛は、長所だけなく短所も含め、自分の全てを丸ごと肯定することを意味します。
自分の不完全さを愛することができなければ、相手の不完全さにも寛容になれないのです。
ときどき自己愛とナルシシズムを同じとしている説明を見かけますが、全くの誤訳です。

不完全な自分を愛することは勇気がいります。
しかし、その勇気を持たないことには他者を愛することはできません。
鏡に映る自分ではなく、自分自身の内面を深く見つめ、自己の全部を肯定したうえで、他者への愛にのぞむようにしましょう。

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