【ネタバレ】映画『四月の余白』レビュー・考察|ラストが問いかける「余白」の意味とは
新作映画「四月の余白」を新宿ピカデリーで鑑賞。
見応えのある素晴らしい作品だった。
サブテーマも多く、面白いだけでなく、観終わった後に考えさせられたり、おしゃべりできる作品。
お勧めの一本。
主演はNetflixドラマ『サンクチュアリ -聖域-』で一躍有名になった一ノ瀬ワタル。
監督・脚本は𠮷田恵輔。
吉田監督の作品は「BLUE/ブルー」(2019年)、「空白」(2021年)、「ミッシング」(2024年)に続き四本目。
吉田監督は、ときに「露悪的」とも言えるくらいに人間の醜さや暴力性を正面から描く監督。
今回の「四月の余白」での少年の暴力も、観る側が不快になるほど容赦なく描かれている。
物語も描写も、映画的に誇張されているとはいえ、観客の胸に迫ってくるリアリティがある。
<あらすじ(ネタバレを含む)>
本作は不良更生施設「みらいの里」の物語。
主演の一ノ瀬ワタルは「みらいの里」の運営者である西健吾を演じる。
西は元半グレで、過去に数々の非道な事件を起こした元受刑者でもある。
西は親や学校でも全く手が付けられないほどの悪童中学生「澤海斗」を預かることになる。
海斗の悪質性は他の不良少年と比べて非常に高く、相手の痛みが全く分からないサイコパスに近いものであった。
しかし、それは指導する西の少年時代も同様であった。
ある日、海斗は施設を抜け出して、敵対する不良グループの一人に大けがを負わせて逮捕されてしまう。
親も学校からも友達からも見捨てられた状態の海斗であったが、西は最後まで海斗を見捨てずに寄り添っていくのだった。
<タイトル「四月の余白」が意味するもの>
𠮷田監督の作品を観た人は分かると思うが、単純なハッピーエンドで終わるような作品を作る監督ではない。
そのため観ている方は終始ハラハラしてしまう。
余りにも言うことを聞かない海斗に絶望して、西は元の半グレに戻るのではないかとドキドキしながら観ることになるが、最後まで西は海斗にくらいついていく。
もちろん単純な不良更生物語ではなく、幾ばくかの希望を見せながらも本当に海斗が更生するかどうか分からないところで終わっていく。
このあたりがタイトルの「四月の余白」という意味なのだろう。
このタイトルは若干分かりにくいものの作品の内容にぴったりとも思う。
四月とは若者にとって新たなスタートを切る時期。
そして「余白」という言葉には、若者たちの心の空白と未来の意味が込められているのだろう。
果たして海斗の余白は更生して白く染まるのか、それとも悪の道に入り込み黒く染まるのか。
もし更生するのならば、それは西のおかげなのだろうが、それで西の過去も非道は許されるのだろうか。
そもそも本当に西は更生しているのだろうか。
観る人によっては、西を単なる偽善者と解釈する人もいるかもしれない。
それでも恐らく吉田監督は、誰かが最後まで見捨てずに寄り添えば道を踏み外すに済むだろうと考えていることが映画から伝わってくる。
しかし、その寄り添いは命がけ。
そんな命がけの行為を親や世間は学校の先生に求めがち。
多忙な日本の先生の苦悩も本作のテーマの一つとなっている。
海斗の担任教師「草野」を夏帆が演じていたが、ストレスで髪の毛が抜けるシーンは痛々しいながらも、現在の中学教師の苦悩が観客の心に鋭く伝わっていく。
そして草野先生の苦悩を通じて、対話の通じない生徒には、ときにはゲンコツの一つも必要ではないかと観客は考えさせられる。
また、本作では、現代マスコミへの批判も描かれている。
西の過去を嘘も交えて暴き立て、面白おかしく報道して施設を休業に追い込んでいく。
冒頭に書いたとおり、複数のテーマがあるところも本作の見どころの一つ。
<山崎七海の演技が圧巻>
ちなみに「みらいの里」が休業し、施設から去っていくときの山崎七海の芝居が最高。
山崎七海は薬物依存に苦しむ「生島詩(うた)」を演じる。
普段は物静かである詩が、西に対しては大声を出して思いをぶつける。
その叫びは西への信頼の証のようにも見える。
施設から去る詩は別れもそこそこに車に乗り込んでしまうが、思わず車から飛び出て西の胸に飛び込む。
車から飛び出す直前の詩の表情に心を奪われて、思わず涙してしまった。
これから間違いなく飛躍していく女優「山崎七海」。
今後も注目だ。
是非、今週は「スーパーガール」など観ずに「四月の余白」をご覧あれ。