映画『82年生まれ キム・ジヨン』あらすじと感想 子育てと自己実現 女性の生きづらさを暴きだす

キムジヨン

映画『82年生まれ キム・ジヨン』は、韓国でベストセラーになった同名の小説が原作。
現代においても未だに存在する女性蔑視、男女差別、賃金格差、子育ての母親への押し付けなど、社会から抑圧された女性の現実が描かれます。

韓国映画ではあるが、女性差別の状況は日本も全く同じ。
多くの女性の共感を呼ぶと思われるが、観なければならないのは男性。
女性の問題だけでなく、自分の病気を認めないメンタル疾患のリアルも描いています。

Story

生まれたばかりの女児を育てるキム・ジヨン。
ジヨンは若い頃からの夢であった出版関係の仕事をしていたが、出産を機に会社を辞め、現在は専業主婦。

その後、子育て、社会からの疎外感、姑との関係などに疲れ「産後うつ」にかかり、時々、記憶が無くなり、別人格になってしゃべりだしてしまう。
夫は妻の異変に気付き、病院に行くよう促すも、ジヨンに病気の自覚は無く、通院しようとしない。

かつてジヨンが働いていた職場の女性が退職し、起業することをジヨンは聞きつけ、その会社に復職を願い出る。

復職するため、ジヨンはベビーシッターを探すが、なかなか見つからない。
遂には夫が育児休業を決意。

ところが、夫の育児休業を聞いた夫の母が激怒。
ジヨンは復職を諦め、ますます病気が進行する。

それでもジヨンは病院に行かないため、仕方なく夫は、ジヨンにジヨンが別人格になっているときの動画を見せる。
その後、ジヨンは自分の病気と向き合い、病院に通院することを決意する。

「実母が育てなければならない」という呪縛

私の会社でも、10数年前は、結婚・出産を機に退職される女性職員は多かったように思います。
今は出産しても復職することがほとんどとなってきました。

数年ほど前からではあるが、男性職員も子供が生まれる場合は、ほぼ半強制的に育児休業を申請するようになりました。

先日、ある男性職員が育児休業を申請したのですが、その書類の名前が「『男の』育児休業」だったのに少し違和感を感じました。
育児休業に男も女もないですよね。

もちろん男には出産はできませんが、育児はできます。
まだ過渡期だから仕方がないのですが、いずれは、この書類から「男の」を消す努力をしなければなりません。

しかし、そもそも、子育ては実母が行わなければダメなのでしょうか。
劇中、ある男性が、子供をベビーシッターに預けて仕事をする女性職員に対し「子供が愛情不足になるのではないか」と発言します。

はたして、本当に実母が育てなければ愛情不足になるのでしょうか。
そんなことはありません。

親というのは必ずプラスになる存在ではなく、プラスにもマイナスにもなるものです。
育児放棄・虐待をする毒親がプラスになるわけがない。

確かに子供の成長には、見守りと自分を認めてくれる存在は必要だと思います。
しかし、それが血縁者でなければならない理由はありません。
ベビーシッターだって、保育園だっていいのです。

女性の社会的・精神的自立や、自己実現を真に可能にするためには「社会全体で子供を育てる」という環境にしなければなりません。

ともかく、本映画は、問題意識を持った人たちによる問題提起の映画。
これこそが映画を作る本質。
アクション・CG・VFXだけの映画に用はありません。
この秋、最も観なければならない傑作映画だと思います。

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