映画『恋愛裁判』レビュー|日本のアイドルは“芸能”ではなく搾取だった

映画「恋愛裁判」を公開初日に鑑賞。

本作は人気急上昇中の女性アイドルグループの一人が恋愛をしてしまい、所属事務所から訴えられてしまう物語。

主演は日向坂46の元メンバーである「齊藤京子」。

日本のアイドル文化は、芸そのものより“疑似恋愛”を設計・提供するビジネス。

(疑似)恋愛を商売にしているから、下手でもいい。
はっきり言って狂った世界。

私は10代の頃から、この日本のアイドル文化が嫌で嫌で仕方がなかった。
下手クソな歌と踊りで売上トップ。

この日本の現状を外国人の方は「日本の音楽界って、こんなレベルなの!?」と不思議に思っているに違いない。

そう思っている外人に言いたい。
日本のアイドルにとって歌やダンスは関係性を維持するための「装置」に過ぎないのだよ。

だからレベルが低くても全然オッケーなのが日本のアイドル。

このような異常な形態のビジネスをやっているのは日本だけらしい。
韓国にもアイドルはいるが、明らかに「芸」がメイン。

素人の私から見てもK-POPアイドルの歌とダンスは凄い。
正に金を取れるレベル。

ただ幸いなのが、「おニャン子/モー娘。/AKB型アイドル」は、明確に下火になっている。

何故か。

それは映画でも描かれていたとおり、握手会、チェキ等の、いわゆる「ミーグリ」や、SNS、配信による課金誘導が、インターネットの発達(具体的に言えばスマホの普及)により「可視化」されてしまったから。

言い換えれば、ようやく日本人は、この疑似恋愛ビジネスのバカバカしさに、ようやく気づいたのである。

もちろんアイドル文化は完全に消えることはなく、ローカルアイドルなどは残っていくのだろうが、「恋してもらうビジネス」は社会の成熟と情報化によって、もう“大衆モデル”としては成立しなくなった。

これはとても良いこと。

日本のアイドル文化は「決して成就しないと分かっている恋心を、制度として囲い込み、継続課金に変換する仕組み」であり、これはもう「芸能」ではなく搾取である。

この搾取の構造を多くの日本人が知ってしまった。

現在のアイドル文化が下火になった状況での本作「恋愛裁判」の公開は遅すぎたと思う。

公式サイトの監督の言葉によると、2015年に女性アイドルが恋愛により所属事務所から訴えられた記事を読んだことが本作を撮りたいと思った切っ掛けだったという。

2015年に本作を公開していれば、センセーショナルで、ヒットしたかもしれない。

しかし、2026年の今では、アイドルビジネスがいかにゲスな商売であるかを薄々皆知ってしまったので、アイドルが恋愛しようが興味はない。

しかも「恋愛裁判」というタイトルにも関わらず、「アイドルとは何か」に比重が置かれて法廷劇を期待していた客はがっかりするしかない。

残念だが、東宝配給の作品としては大コケに近い興行収入になるだろう。

私は地方の10スクリーンあるTOHOシネマズで観たが、一番大きいスクリーンで上映されていたが、観客は10人もいなかった。

配給、製作、劇場のどれも時代が読めていないのね…。

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