【ネタバレあり】映画『ランニング・マン』感想|エドガー・ライト最新作がイマイチに感じた理由

映画「ランニング・マン」を公開二日目に鑑賞。
監督はエドガー・ライト。
主演はグレン・パウエル。

舞台は近未来のアメリカ。
娘の治療費に苦しむベン・リチャーズ(グレン・パウエル)が、捕まれば即死のリアリティショー「ランニング・マン」に挑む物語。

1982年に小説家のスティーヴン・キングが“リチャード・バックマン”名義で発表した小説『バトルランナー』が原作となっている。

1987年にアーノルド・シュワルツェネッガー主演で映画化されている。
つまり「バトルランナー」は、今回で2度目の映画化。

はっきり言ってイマイチ。
ストーリーが強引すぎる。

観る前から分かっていたとはいえ、テレビのリアリティショーで殺人を公開するというのはリアリティに欠ける。

「近未来」ということを言い訳にしているとはいえ、映画の背景設定が大味過ぎる。

テレビのリアリティショーではなく、超富裕層からの超高額資金により、密かに行われているデスゲームという設定の方が現実味があるかもしれない。

もちろん本作は巨大な力を持つテレビ業界への風刺をしているのは分かるが、原作が発表された1980年代なら、それなりに意味があるかもしれないが、テレビ離れが激しい現在では説得力がやや落ちる。

また、「ランニング・マン」を製作している「ネットワーク」なる巨大メディアは、警察権力をも支配しているのだから、こんなリアリティショーを作らなくても、別の方法でいくらでも稼げるはずだ。

こんな危険な番組を作って視聴率稼ぎをする必要はない。

なお、今回の「ランニング・マン」は、シュワルツェネッガー版よりも原作小説に忠実らしい。
原作のラストは飛行機で番組を制作している会社に突っ込んで終わるようだ。

しかし、映画版においての主人公ベンは、密かに飛行機から脱出し、一人で放送スタジオに乗り込んでプロデューサーを殺す。

飛行機からの脱出からプロデューサー殺害までの描写がメチャクチャ短い。
いくら「映画的省略」と言われても、やり過ぎ。

しかも、プロデューサー殺害の前に殺されたと思っていた家族が生きていて再開するシーンがある。

家族が生きていたのだから、危険を犯してスタジオに乗り込むのも納得できない。

だいたい映画の冒頭でスタジオには厳重な警備が敷かれている様子が描かれていたが、どうやって入ったの??

そもそも子どもの薬代のために「ランニング・マン」に参加したはずなのに、その子どもは元気そうだったのは何故??

やっぱり原作どおり家族を失い生きる意味をなくした主人公が飛行機で自爆するストーリーの方が自然。

それなりの興行収入は稼ぐと思うが、同日公開の新作であれば、サム・ライミ監督の「HELP 復讐島」をお勧めする。

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