『か「」く「」し「」ご「」と「』ネタバレ感想|超能力青春ラブストーリーが超絶つまらなかった理由
今日から公開の超絶つまらない映画『か「」く「」し「」ご「」と「』を鑑賞。
女子3人と男子2人の高校生による青春ラブストーリー。
奥平大兼と出口夏希のW主演。
監督は中川駿。
「住野よる」の同名小説が原作。
今回も鑑賞直前に原作小説を読んでみた。
ザ・どうでもいい物語。
金を出して小説を買った以上、映画鑑賞前に読み切ろうと決めたので頑張ったが、面白くない小説を無理して読み続けると気分が悪くなって嗚咽が漏れてくる。
人生で初めての体験だ。
小説は冒頭と最後の短いプロローグとエピローグを抜かすと5章に別れていて、各章ごとに視点が変わる。
1章は京くん(奥平大兼)。
2章はミッキー(出口夏希)。
3章はパラ(菊池日菜子)。
4章はヅカ(佐野晶哉)。
5章はエル(早瀬憩)。
小説を読む前に映画版のサイトとCMを動画を見ていて、本作が高校生の青春ものであり、更に人の心が読める超能力を持った者が出ることも知っていた。
私の勝手な勘違いなのだが、私は出口夏希が演じた三木が超能力を持っているものと思って読み進めていたのだが、実は5人とも、しょうもない超能力を持っている。
京くんは、人の頭の上に「!」(びっくりマークorエクスクラメーションマーク)、「?」(はてなマークorクエスチョンマーク)、「。」(句点)が映像として浮かぶ。
ミッキーはプラスマイナスが書かれた「バー」が見える。
パラは人の鼓動の早さが数字で見える。
ヅカは人の喜怒哀楽が「♠・♦・♣・♥」の形として見える。
エルは人の恋心が矢印となって見える。
京くんの1章を読んでいるときに「〇〇の頭の上に〇〇マークが浮かんだ」という表現がたくさんでてくる。
先ほど書いたとおり、当初、三木が超能力を持っているものと思っていたため、頭の上にマークが浮かぶというのは単なる小説的表現だと思い、超能力だと分からなかった。
読み進めていくうちに超能力であると分かるわけだが、「あー、そうか!」とは全くならず、ひたすら「しょーもな」という感覚しか浮かんでこない。
(映画版では「!」が映像として表現されるため、直ぐに超能力であることは分かる。)
原作小説に共感できないのだから、当然、映画版も面白く感じるはずもなく、苦行の2時間。
もちろん私が全く面白く感じないのは、ターゲットが違うから。
本作は自意識過剰でメンヘラチックな10代〜20代前半の「言葉にできない不安や痛み」の描写が見どころ。
ここに共感「できそう」な、「一部」の若者がターゲット。
ここから外れた人間が原作小説を読んだり、映画を観たりすると地獄。
特に早瀬憩が演じたエルの不登校になった理由は全く理解できない。
京くんが「(流行の)シャンプーに変えたよね」と訪ねただけで、気持ちがかき乱されて、空気が悪くなり、ついには学校に来なくなる。
これに共感する人もいるんだなぁ~。
勉強になりました。
ちなみに、原作と映画には大きなストーリー上の違いはない。
もちろん細かい省略や改変は多くある。
一番の省略・改変はヅカの能力。
映画ではヅカの章がもの凄く短かったが、小説版ではヅカの能力の章は他の章と同じくらいあり、ヅカがエルに惹かれていることが書かれている。
あえてもう一つ挙げるとすると、小説版だけにあるプロローグとエピローグ。
二つとも全ての掛け合いになっていて、誰がどのセリフをしゃべっているのか分からない形になっている。
奥深そうなことを言っているのだが、考察する気力もないので、さっぱり意味不明。
何故こんな小説が売れているのか、何故映画化しようという企画が通るのか。
全く理解できない。。。
そして私は金と時間をかけて小説を読んで映画を観ているのに、嫌な思いに至る。
まぁ、人生そんなときもあるさ。
さっさと忘れて、次の映画に進んでいこう・・・。