『かくかくしかじか』ネタバレ解説|原作との違いと永野芽郁の不倫疑惑に思うこと

映画「かくかくしかじか」を公開初日に鑑賞。
主演は絶賛不倫疑惑中の永野 芽郁。
監督は関 和亮(せき かずあき)。

本作は東村アキコが描いた同名の自伝漫画が原作。

主人公の林明子(東村アキコの本名)は漫画家になることを目的に美大を目指し、絵画教室に通い始める。

そこでスパルタの講師「日高健三」と出会う。

そこから明子が美大に行き、漫画家になるまでと日高先生への思いが描かれる。

原作漫画は『Cocohana』(ココハナ)という集英社が発行する大人の女性を対象読者とする日本のヤング・レディース誌に、2011年から2015年に連載されたらしい。

そして2015年の「マンガ大賞」を受賞。
単行本は全5巻。

今回も私は映画版鑑賞前に原作漫画を読んでみた。
メチャクチャ読みやすくて面白い。

映画版も面白い。
面白いのは脚本を東村アキコ先生が担当したから。
ちゃんと原作漫画の本質が映画版でも描かれていたように思う。

更に東村先生は脚本だけでなく、映画に出てくる絵画のシーンや、方言まで撮影現場に出向いて指導したらしい。

キャストも東村先生の強い思いが込められており、日高先生を演じた大泉洋には、何度も手紙を書いて口説き落としたとのこと。

東村先生にとってメチャクチャ思い入れのある作品であることが分かる。

本作は恩師への感謝だけでなく、若いころの「生意気で」、「わがままで」、「薄情で」、「ずるくて」、「嘘つき」だった自分への悔恨の物語でもある。

恐らく原作漫画を描き始めるにあたって、東村先生は相当に悩まれたのではないかと想像する。

日高先生を描くということは、それはイコール自分の弱さを直視すること。
更に漫画化するということは、自分の弱さを世間に晒すことになる。

そのためなのか、東村先生は原作漫画を泣きながら描いたという。
恩師である日高先生への感謝とともに、若いころのバカな自分への悔し涙だったのだろう。

病気になった先生に結局は何もしなかった自分。
宮崎から金沢にきてくれた先生を邪険に扱ってしまった自分。

若い頃の自分に対する悔恨というのは誰でもあるわけで、そういう意味で、私は原作漫画も映画も「感動の物語」というよりは「共感の傑作」なんだと思う。

また、もしかしたら東村先生の心の中には日高先生の期待に応えられずに、絵画ではなく漫画の道を選んだことに対する「負い目」のようなものが小さく存在し、その決着のためにこの作品を作ったのかもしれない。

事実、原作漫画も映画版もラストに絵画も漫画も「描く」という点においては同じなのだという当たり前の事実に帰結し、東村先生だけでなく、観客側もそこに納得していく。

なお、原作漫画と映画のストーリーは、ほぼ同じであるが、当然省略箇所は多数あり。
私が思いつく限りの小さな違いは次のとおり。

  • 映画版の冒頭の「マンガ大賞」受賞シーンは漫画版にはない。(当たり前か)
  • 映画版の明子の親友である「北見」は、原作漫画では「二見」。
  • 原作漫画では大学受験の前に筑波大学への推薦に落ちたエピソードがある。
  • 高校生の明子と日高先生が居酒屋で食事をするシーンで、映画での明子はビールを飲まなかったが、原作では一口だけ飲む。
  • 映画版のラストの砂浜における明子と日高先生の会話シーンは原作にはない。

映画鑑賞後、鑑賞した方に対し、是非、原作漫画も読んで欲しいと思った。
映画版も面白いが、原作漫画は更に面白い。

東村先生は今も日高健三先生の「描け!」という言葉に支えられているわけだが、この「描け!」が観客にも刺さる。

この日高先生の「描け!」は、「考える前に動け!」という意味でもあり、これが観ている方の心に響く。

私は長く写真を趣味にしているが、写真も絵画と共通するところがあって、とにかく考えるまでに「シャッターを押す」ということが大事。

日本で一番有名な写真家の一人である森山大道も「量のない質はない」とおっしゃっている。

「動く前に考える」のでも、「考えながら動く」のでもなく、とにかく「動く」ことが重要。

動けば人は勝手に考え出すのだ。

そういう意味で本作は若い人や、創作活動をしている人には強くお勧め。
是非、ご鑑賞あれ。

ちなみに映画版「かくかくしかじか」公開に合わせて、東村先生をゲストにしたYoutube番組を観た。

この番組で私は初めて東村先生を拝見したが、メチャクチャ美しい。
美しいだけでなく、可愛い。

永野芽郁に劣らない美貌。
とても私と同い年とは思えない。

しかも知的さと気さくさが同居している感じ。
死ぬまでに一度は生の東村先生を見たくなった。

最後に永野 芽郁の不倫疑惑について触れておく。
私は映画の出演者が不倫しようが何しようが、何も思わない。

ただ、私の周囲にいる女性に映画版「かくかくしかじか」の鑑賞を勧めると、「永野 芽郁の不倫疑惑が気になって観れない」という方が複数いた。

映画サイトの評価も公開前から不倫の件の書き込みが多数見られ、公開から二日目現在でヤフーでの評価は「2.6」になってしまっている。

つまり、永野 芽郁の不倫疑惑によって映画の興行収入に負の影響を与えてしまっている。

永野 芽郁と田中 圭が本当に不倫関係にあったのかは分からない。
本人たちは否定している。

ただ、全く何もないのだったが、激怒して直ぐにでも文春を訴えるはずである。

それもしないということは肉体関係はなかったとしても、デートくらいはしていたのであろう。

一般人だったらデートくらいどうでもいいのだが、芸能人はそうはいかない。
本人だけではなくて、周囲にも経済的損失を与える。

しかも所属事務所の経済的損失なら知ったことではないが、映画に影響を与えるのは映画ファンの私としては許せない。

プライベートでも芸能人というのは清廉潔白さを求められるのは誰でも知っていることである。

芸能人というのは、有名になればなるほど、プライベートが極端に制限される。
つまり芸能人なんてなるものではない。

それでも芸能人になりたいのならば、ちゃんとしてよ。

とにかく永野 芽郁は軽率な行動を取り、一番大事にしなけれならない映画ファンに損害を与えている。

映画ファンとしては、是非、永野 芽郁には強く反省してもらいたい。

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