【ネタバレあり】映画『桐島です』感想と考察|逃亡50年の男は勝利者か、それとも…?

7月4日から公開されている映画『「桐島です」』を鑑賞。

監督はベテランの高橋伴明。
主演は毎熊克哉。

本作は、左翼過激派集団である「東アジア反日武装戦線」のメンバーとして指名手配され、50年間という長きに渡り逃亡生活を続けた「桐島聡」の生涯を描く。

桐島聡は昨年2024年1月に胃がんで死亡。

逃亡中は「内田洋」という偽名を使って生活していたが、入院中に桐島聡であることを告白。その4日後に亡くなったという。

桐島聡といえば指名手配写真。

私も幼い頃から桐島の顔写真を見てきたわけだが、過激派メンバーということ以外の情報はないまま彼の死のニュースを聞いた。

彼の逃亡のスタートは丁度私が産まれた次の月から始まり、昨年に亡くなった。

私が赤ん坊の頃から中年になるまでの間、ずっと逃亡生活を続けていたと思うと感慨深い。

しかも、逃亡期間中のほとんどを私が育った横浜市の隣の藤沢市の工務店で働いていたという。

もしかしたら、1度くらいは、すれ違っていたかもしれない。

東アジア反日武装戦線は日本国家をアジア侵略の元凶とみなし、アジア侵略に加担しているとされた企業に対し断続的に爆破事件を起こした。

何せ爆弾の製造法を記したとして有名な「腹腹時計」(はらはらとけい)を地下出版したのは東アジア反日武装戦線。

最も有名な爆破事件は「三菱重工爆破事件」(1974年)。
この事件で8名が死亡、376人が重軽傷を負った。

ただし、この「三菱重工爆破事件」に桐島は関わっていない。

その後、東アジア反日武装戦線は連続して爆破事件を起こしているが、死者が出ないように計画され、事実、死亡者の発生はなかった。

1975年5月に東アジア反日武装戦線の主要メンバーが逮捕されたことを契機に桐島は逃亡を始める。

映画は桐島が左翼活動を始めた直後から描かれているため、何故、桐島が左翼活動を始めたかは分からない。

しかし、「資本家から搾取される弱者を救いたい」という純粋な気持ちが桐島の中にあったことは間違いなさそうである。

桐島が心優しき部分を持っていたことは認めるが、1970年代の中盤といえば、革命の時期は過ぎていた。

映画内でも恋人から「桐島君って時代遅れ。私は上場企業に就職するわ。」と言われるシーンがある。

この「時代遅れ」という言葉が、映画のキーワードとなっていく。

桐島が逃亡中に通っていたライブハウスで女性歌手のキーナが、河島英五の「時代おくれ」を歌い、桐島は心を動かされるシーンがある。

目立たぬように
はしゃがぬように
似合わぬことは無理をせず
人の心を見つめ続ける
時代おくれの男になりたい

この詩に桐島は自分を見たのかもしれない。

もちろん、このシーンはフィクションの部分になるが、妙に説得力があった。

映画の後半、桐島の死を知った昔の仲間が、追悼文を書き、その中で最後まで逃げ切った桐島を勝利者として賞賛する。

しかし、桐島は殺人を犯したわけでもないので、逃亡中に自首すれば10年程度の刑期で出所できたかもしれない。

自首しなかったために、住民票も、免許証も、保険証もなく、歯医者にも行けなかったために、晩年、桐島の口の中に歯はなかったそうである。

そのような状況からすると、本当に桐島が勝利者だったかは疑わしい。

映画での桐島の人生は、やや肯定的に描かれているように見える。

結局はテロリストだ!と思うか、同情心が湧くか。

どう感じるかは、あなた次第。

公開館数が少ないので、映画館で観ることを勧めることは難しいが、配信が始まったら、是非ともご覧いただきたい作品であった。

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