映画『君の顔では泣けない』レビュー|原作との違い3選と“戻らない入れ替わり”の意味

映画「君の顔では泣けない」を公開から二日目に鑑賞。
主演は芳根京子と髙橋海人。

君嶋彼方の同名小説が原作。
監督・脚本は坂下雄一郎。

高校1年生の頃、ある男子学生「坂平陸」と女子学生「水村まなみ」の心が入れ替わってしまい、元に戻らず、その後の15年を描いた物語。

これまで「男女が入れ替わってしまう」作品は多数あった。

私の世代だと、私の大嫌いな大林宣彦監督の「転校生」。(1982年)
若い世代だと、これまた私の大嫌いな新海誠監督のアニメ「君の名は。」。(2016年)

今回の「君の顔では泣けない」の特徴は、男女の入れ替わりが戻ることなく15年間も経過してしまうところ。

しかも、入れ替わり後の描写がリアル。

「男女の入れ替わり」はノンリアルでファンタジーだが、それ以外はリアル。
これが「君の顔では泣けないの」の特徴。

今回も映画を鑑賞前に小説を読んでみた。
原作小説は全て女になってしまった坂平の視点で描かれている。

ただし、私が読んだ電子書籍版には、原作小説が最初に刊行されたときにはなかった水村の視点の章が最後に加わっている。

今回も映画版と原作小説との違いを3つ紹介する。(ネタバレあり)

①入れ替わりの切っ掛け

映画でも小説でも坂平と水村がプールに同時に落ちてしまったことを切っ掛けに心が入れ替わってしまった設定となっている。

しかし、映画では、どうして二人がプールに落ちてしまったのかを描いていなかった。

小説では描かれていて、水泳の授業の際に坂平と坂平の親友の田崎がふざけあっていて、坂平がバランスを崩してプールに落下。

とっさに坂平は隣に座っていた生理で見学中の水村まなみの手を掴んでしまい、一緒に落ちてしまった。

たったこれだけの単純なシーンを映画で省略したのかは分からない。
観客に想像の余地を作るのも映画的な手法であるが、モヤモヤが残るだけではないだろうか・・・。

②生理・セックスシーン

映画では省略されていたが、原作小説では女になった坂平の人生初の生理やセックスシーンが詳細に描写されている。

以下、一部抜粋。
生理シーン。

「股から何かどろりとしてものが這い出た。同時に生臭い臭いがする。恐る恐るシャツをたくしあげて、便座を覗き込む。白い便器には、濁ったゼリーに似た血の塊がべったりと落ちていた。」

続いて、親友である田崎くんとのセックスシーン。

「田崎がもう一度俺に覆いかぶさって、耳を舐めながら両胸を揉んでくる。指が時折乳首に触れる。胸はゴム毬のように歪んで、自分でも見たことのない動きをしていた。興奮した犬みたいに荒い田崎の吐息が、耳の奥でくぐもって響く。」

小説を読んだ際は映画版はレーティングが設定されるかと思っていたが、上記のようなシーンはなかった。

当然か。

③元に戻る方法とラストシーン

映画では物語の前半で男になった水村が「元に戻る方法が分かった」として、地域の伝説が書かれた本や、星の位置関係の説明をするシーンがあるが、原作小説にはない。

ただ、30歳になった二人が、再び学校を訪れてプールに飛び込むシーンは原作小説にもあり、小説はそこで終わる。

映画版ではプールに飛び込んだ後、最後の最後に喫茶店で二人が向かい合って座り、微笑んで終わるという、まるで元に戻ったかともとれるシーンで終わる。(もちろん戻らなかったとも取れる。)

原作小説は中途半端に話が終わった感があったので、この一瞬のシーンの追加は個人的には良かったかと思う。

本作は入れ替わりの体で過ごした日々において、「すべてがかけがえのない日々だった」と感じる描写を通して、人生の重みと愛おしさ、そして「自分とは何か」という深い問いを、読者に投げかける作品だと言える。

ただ、映画版でも原作小説でも、そのメッセージが深く心に刺さった感じはない。

個人的にはお勧めできる作品ではなかったが、映画サイトでの評価は高いので、芳根京子と髙橋海人ファンは必見かと思う。

“映画『君の顔では泣けない』レビュー|原作との違い3選と“戻らない入れ替わり”の意味” への2件の返信

  1. 君の顔では泣けない
    観に行きました
    最後が元に戻ったか、戻らないまま
    だったとかが気になりました。

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