「ボーはおそれている」ネタバレ入り感想:理解不能な映画の真実とヨブ記の影響【A24映画】

公開中の映画「ボーはおそれている」を鑑賞。
A24(エートゥエンティフォー)の製作映画。

A24は10年ほど前にアメリカで設立されたインディペンデント系の映画会社。
日本で有名なA24の映画といえば「ザ・ホエール」、「パール」、「ミナリ」あたりか。
一風変わった独特な映画を製作することで有名な映画会社がA24。

監督はアリ・アスター。
「ボーはおそれている」はアリ監督にとって3作目の長編映画。

1作目は「ヘレディタリー/継承」、2作目は日本でも話題になった「ミッドサマー」。
3作ともA24製作映画で、「ヘレディタリー/継承」と「ミッドサマー」はホラー映画だった。

今回の「ボーはおそれている」はホラー映画なのか、コメディなのか分類が難しい映画だった。
ブラックコメディということなのか。

主演は「ジョーカー」のホアキン・フェニックス。

ネタバレあらすじは次のとおり。

日常の全てに不安を感じて苦しむ中年男性の「ボー」(ホアキン・フェニックス)。
ボーは安アパートで一人暮らし。

アパートの周辺は多くの犯罪者と変質者がひしめき合う狂気の世界であり、それが更にボーを苦しめ、定期的に精神科医のカウンセリングを受けていた。

ある日、ボーは父の命日に合わせて母親に会いに行く予定であった。
ところが、出発当日、ボーは不安のために寝坊してしまう。

急いで支度をして出発しようとしたところ、ボーは玄関先で忘れものを思い出し、荷物を置き、鍵を扉に差したまま部屋に取りに行く。

もどってくると荷物と鍵が盗まれてしまっていた。
母の下に行けなくなったボーは母親に電話で経緯を説明するも信じてもらえずに電話は切れる。

混乱するボー。
落ち着くためにボーは精神科医からもらっていた薬を飲む。

医者からは絶対に水と一緒に飲むように言われていたが、ボーはアパートの水道が一時的に止まっていることに気づく。

急いでネット検索すると、水と一緒に飲まないと死んでしまう薬だと分かる。
仕方なくアパートの前にある店に行き水を購入。

ところが、その隙にボーの部屋に外にいた多くの変質者が雪崩のごとく入り込んでしまう。

次の日、なんとか部屋にもどったボーは、母親に電話すると、配達員らしき人物が電話にでて、その配達員から母の訃報をボーは知る。
どうやら母の頭上にシャンデリアが落ちてきたらしい。

アパートの水が出るようになったため、一先ず風呂に入るボー。
すると天井に男が潜んでおり、パニックに陥ったボーは、裸で外に出て警官に助けを求めるが、発砲されてしまう。

走って逃げるボーは車と衝突。
気が付くとボーは衝突した車を運転していたグレース夫婦の自宅で寝ていた。

この夫婦には娘トニと、死んだ息子の親友で戦死した息子の親友でPTSDを患うジーヴスがいた。

ある日、トニは死んだ兄の部屋をペンキで塗るようボーに迫り、ボーが断るとトニはペンキを口から飲み自殺してしまう。

両親はボーがトニを殺したと勘違いし、ジーヴスにボーを殺すよう命じる。
森の中に逃げ込むボー。

その森の中で謎の劇団と出会い、その劇にボーは心を奪われる。
そこへジーヴスが現れ、劇団員たちを皆殺しにしていき、ボーも気を失ってしまう。

意識を取り戻したボーは、ヒッチハイクで母の下を目指す。
どうにか母のところにたどりついたものの、葬儀は終わっていた。

そこにエレインという女性が現れる。
エレインはボーが10代の頃に恋に落ちた女性で、ボーとエレインは死んだ母親のベッドでセックスする。

ところがエレインは複上死してしまい、何故か体が硬直した状態で絶命する。
そこにボーの母親が現れ、ボーを叱責し始める。

実は死んだのは母親ではなく、メイドであった。
母親はボーの母への愛を試すために死んだと装っていたのだった。

そこでボーは母親に見たことがなく死んだ父親のことを聞くと、屋根裏に行くよう促され、行ってみると巨大なペニスの形をした怪物がいた。

そこにジーヴスに現れ、ジーヴスはペニスに向かって銃を乱射するも、そのペニスの触手(?)によりジーヴスは殺されてしまう。

ボーは逃げ出し、ボートに乗り込み、進んだ先にあった洞窟に入り込む。
洞窟の先は巨大なスタジアムになっており、そこでボーを被告人とした裁判が始まる。

ボーのこれまでの小さな罪を暴露され、最後にはボートが爆発し、ボーは水の底に沈んでいってしまう。

本作の感想を簡潔に述べると「理解不能」。
一体どこまでがボーの妄想・悪夢なのか分からないし、もしかしたら、映画全体がボーが見た幻とも受け取れる。

解釈の幅が大きすぎて難解。
賛否が分かれることは間違いない。

しかも上映時間は179分。
意味不明な映像を3時間見るのは苦行。

A24+アリ・アスター監督の狂った世界の大爆発映画。
映画ファン以外には決してお勧めできない。

アリ監督はインタビューで本作を「ユダヤ的」と評しているらしい。
ユダヤ教の聖典は旧約聖書であり、本作の謎を解くカギは旧約聖書の「ヨブ記」にある。

実は私が大学生だったころ、旧約聖書の授業を受講してヨブ記を勉強したことがある。

ヨブ記というのは、超信仰心が厚くて、高潔で悪いことを何にもしてないヨブさんに、神からドイヒーな試練をいくつも与えられるという話。

いつの世も、悪人が栄え、善人が苦しむ。
もし神がいるのなら、何故こんなことが起こるのか。
この永遠のテーマに挑むのがヨブ記。

そもそも神は祈ったら正義を叶えてくれるオートマチックな装置ではない。

簡単にいうと「神は『我々が思う』因果応報を超えた存在なんだよ!」というのがヨブ記の結論。

本作の主人公のボーはヨブほど高潔ではないにしろ、何も悪いことはしていないのに、次々に不運が襲い、不安症が増していく。

ヨブ記の中で語られる神が本作では母親になっており、ボーは母親の理不尽な要求に苦しみ、遂には母親の支配に飲み込まれて行って終わる。

紀元前のヨブの世界も、現代を生きるボーの世界も不公平、不平等、不条理であり、「神の気まぐれ」な支配から永久に逃れられない。

それが本作のメッセージであるならば、やはりこの作品はコメディではなくホラーなのかもしれない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です