「笑いのカイブツ」ネタバレ入り!ツチヤの波乱に満ちた人生、承認欲求の深層を考察
映画「笑いのカイブツ」を鑑賞。
作家のツチヤタカユキ氏の同名小説が原作。
原作はツチヤ氏の青春時代を描いた私小説。
つまり主人公はツチヤタカユキ。
そのツチヤを演じるのは岡山天音。
ネタバレありのあらすじは次のとおり。
大阪に住むツチヤは母親と二人暮らし。
その二人暮らしの貧乏アパートの自室で、ひたすらテレビの大喜利番組に投稿するツチヤ。
投稿が採用されるとレベルが上がっていく仕組みの番組で、ツチヤは最高位の「レジェンド」になる。
レジェンドで満足することなく、ツチヤは書き溜めた多くのネタをもって売れない芸人の集まる劇場に行き、ネタを読んでもらう。
ネタは認められ、構成作家として劇場へ入り込むことに成功するツチヤ。
しかし、ほとんどしゃべらず、あいさつも出来ないツチヤは周囲から疎まれていく。
それでも、ツチヤの才能に気づいた無名芸人に頼まれ、ツチヤはその芸人のためにネタを書く。
その芸人は徐々に売れ始める。
ところがスタッフから「過去のネタをパクっている」と難癖をつけられる。
激怒したツチヤは劇場を飛び出し、飲めない酒を飲んで泥酔。
そして再び自室にこもる。
次にツチヤは人気芸人「ベーコンズ」のラジオ番組に投稿を始め、はがき職人として生きていく。
投稿生活を送りながらバイト。
バイト中もネタのことばかり考え、ひたすらノートにネタを書き込んでいく。
はがき職人を始めて3年目、ベーコンズの西寺に認められ、ツチヤは西寺から作家として一緒に働こうと誘われる。
ツチヤは上京し、ベーコンズのラジオの見習い構成作家として働き始める。
しかし、劇場で働いていたときと同じく、超がつくほど無口なツチヤはスタッフから嫌われていく。
ツチヤの方も純粋に笑いに取り組まないスタッフたちに苛立っていた。
そんなツチヤを見た西寺は「あいさつくらいしろ」とツチヤを諭す。
次の日、ツチヤは小声ながらもあいさつを始める。
ある日、西寺はツチヤに仕事の一部を任せてみたいとスタッフに相談する。
もちろんツチヤを嫌っているスタッフたちは西寺の申し出を断る。
それを廊下にいたツチヤは聞いてしまう。
またまた酒を飲んで泥酔。
最終的には大阪に帰省。
大阪に帰ったツチヤは上京前に知り合った女性「ミカコ」(松本穂香)と飲みに行く。
店ではツチヤが以前バイトしていたころに知り合った反グレ男「ピンク」(菅田将暉)が働いていた。
その店でミカコをデートに誘うが、今は彼氏がいると断られてしまう。
ショックのツチヤはまた泥酔。
ピンクに介抱されるツチヤ。
ピンクはツチヤの生き方がうらやましいと伝えるが、納得するわけもなく、ツチヤは鼻水を流しながら号泣。
後日、ツチヤはベーコンズの西寺からライブに招待される。
関係者席に座って鑑賞するツチヤ。
するとベーコンズはツチヤの書いたネタを披露。
ライブ後のスタッフロールの映像にはツチヤの名前があった。
ライブ後にツチヤは路上で寺西と出会い、もう一度一緒にやろうと誘われる。
しかし、ツチヤは以前寺西に送ったLINEを見せる。
そこには「人間関係不得意」とあった。
寺西の前を去ったツチヤは、またまた泥酔。
そのあげく橋の上から川に飛び込み自殺。
しかし、死にきれず、ずぶ濡れでアパートに戻る。
アパートの玄関前でツチヤは母親と会い、「お笑いをやめる」と伝える。
自室で塞ぎ込んでいるツチヤは、以前へこませた壁を見つけ、蹴りを入れて穴を開けてしまう。
その穴を覗き込むと何かをひらめいたのか、ノートにガリガリとネタを書き始め、そこで映画は終わる。
一人の男の人生を追うという意味で、本作は先日鑑賞した傑作映画「PERFECT DAYS」に似ている。
PERFECT DAYSの平山も無口。
ただし、PERFECT DAYSは不思議な幸福感に包まれる映画であった。
一方、本作「笑いのカイブツ」では、ツチヤの危なっかしい人生に観客は終始、不安を感じる。そしてそれが本作全体に緊張感を与えている。
ツチヤの人格・性格・生き方に嫌悪感を抱く方もいるだろうが、私は嫌いになれない。
むしろ共感の方が大きいかもしれない。
ツチヤほど極端ではないにしろ、私も「人間関係不得意」。
そして、様々な社会矛盾に悩むことしばしば。
人間は誰しも悩みを抱えている。
その悩みを煎じ詰めれば全て「人間関係」。
そうであるならば私以外の観客も全てツチヤの人生に、どこか自分を見るのではないかと思う。
ピンクが言ったようにツチヤは自分のやりたいことが明確であり、それを尋常ではない量でこなす。
しかし、上手くいかない。
努力すれば必ず夢は叶うのではなかったのか!
ツチヤの怒りとストレスは相当なもの。
PERFECT DAYSの幸福な平山と本作のどん底を経験するツチヤの違いは何か。
私は「承認欲求」の有無だと考える。
映画の中でツチヤは、西寺に「売れたい!売れたい!売れたい!」と叫ぶシーンがある。
承認欲求そのもの。
心理学者のアドラー先生によると、承認欲求を捨てるには、他人からの評価を「他者の課題」として切り離すことが第一歩。
「他者の課題」として他人の評価を自分の心から切り離すには、他人から「嫌われる勇気」が必要であるとアドラー先生は説く。
私もツチヤに「ツチヤのネタがどう思われるかは、他者の課題だ。嫌われる勇気を持て!」と言ってやりたい。
本作はツチヤの人生は幸福だと思うか?という問いを観客に投げかける。
私は少なくともツチヤがネタを書いている瞬間は幸福であると考える。
何故と言って、ネタを書いている瞬間は人間関係も、承認欲求もないからだ。
しかも、周囲から嫌われつつ、ミカコ、ピンク、西寺のように彼の努力を認める人間も現れていく。
きっとツチヤは苦しみもがきながらも、幸せをつかんでいくに違いないと思わせるラストで、鑑賞後の後味は悪くない。
しかもPERFECT DAYSと同じく、観終わった後に色々なことを想像させ、考えさせる豊饒さをもった懐の深い映画でもあると思う。
ピンクを演じた菅田将暉を主役にした方が興行的にはよかったかもしれないが、岡山天音さんの演技も大変素晴らしいものであった。
菅田将暉さんには申し訳ないが、岡山さんを抜擢したのは正解だったと思う。
ちなみに岡山さんは、中学から俳優業を始め、高校に進学せず芸能活動に専念するという「芝居のカイブツ」。
今後、岡山さんの出演作品は要チェックだ。
ちなみに本作は私にとって本年一発目の映画鑑賞。
もしかしたら、本年の最高作品になってしまうかも。
とにかくお勧めです。