映画「ゴジラ-1.0」ネタバレ含む映画レビュー:期待外れの物語と高評価の評判のギャップ

待ちに待った映画「ゴジラ-1.0」を鑑賞。
主演は神木隆之介。
監督は日本のVFXの第一人者である山崎貴。

鑑賞後の第一印象は「ザ・期待外れ」。
物語に意外性や、メッセージ性がほぼゼロなので、メチャクチャ退屈で、眠たくなる。

そもそも山崎貴監督は、個人的ではあるが、当たりはずれの差が大きい監督。
「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズ、「寄生獣」、「アルキメデスの大戦」は面白かったが、「STAND BY ME ドラえもん 2」、「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」はイマイチ。

山崎監督の全作品を観たわけではないが、「フルCGアニメよりもVFXの方が得意な監督」という印象があったので、今回の「ゴジラ-1.0」は、かなり期待していたし、私以外の映画ファンも同様だったと思う。

にも関わらず、これかぁ。。。
心のハードルを高く上げすぎた・・・。

あらすじは次の通り。(ネタバレあり)

舞台は大戦末期の日本。
特攻隊員の敷島(神木隆之介)は、戦闘機が故障したと偽り、修理を行っている大戸島に単独で着陸する。

島には多数の整備士が常駐していた。
夜、聞いたこともないような音が外から聞こえ始める。

敷島と整備士たちが外に出ると、そこには巨大生物が島を破壊し始めていた。
整備士の一人が、あれは島民が言っていた「ゴジラ」ではないかという。

敷島は乗ってきた戦闘機に乗り込み、機銃をゴジラに向けるが、手が震えて撃てない。
その間にゴジラは整備士たちを次々と殺していく。

気絶していた敷島が気が付くと、島に残っていたのは敷島と整備士の橘だけになっていた。

その後、日本は戦争に負け、敷島が両親のところに戻ると、自宅周辺は焼け野原になっていた。

隣人の澄子(安藤サクラ)に両親のことを聞くと、澄子の子供たちも含めて戦争の影響で死んだという。

ある日、敷島が焼け野原の街にいたところ、赤ん坊を抱いて誰かに追われている典子(浜辺美波)と遭遇する。

敷島は知り合いでもない典子から、急にその赤ん坊を渡され、典子は逃げ去ってしまう。
敷島は途方に暮れながら帰路につくと、再び典子が現れ、そのまま敷島の住まいに居座ってしまう。

敷島は典子に夫はどこにいるのかと聞くと、その赤ん坊は自分の子供ではなく、知人から預かっているだけだという。

こうして三人の生活が始まるが、収入がない。
そこで敷島は危険ではあるが、高収入の機雷の除去作業の仕事に就く。

あるとき、ゴジラが東京に向かっていることを察知した日本政府は、敷島たちが乗り組んでいる船に対し、除去した機雷を使ってゴジラの足止めをしろとの命令を下す。

敷島たちの船には2個の機雷があった。
1個目を命中させるも、ゴジラのダメージは小さい。

2個目は口の中に入り、顔の一部が消し飛ぶが、ほどなくして再生してしまう。
そこに軍艦が登場するも、全く歯が立たず沈められ、ゴジラは海に消える。

数日後、銀座にゴジラが現れる。

銀座で働き始めた典子を助けに向かった敷島だったが、ゴジラが放った熱線の爆風で典子は吹き飛ばされてしまう。

ゴジラは再び海に戻ったものの、典子の行方は分からなくなった。

再びゴジラが日本に接近。
日本政府はゴジラが東京に近づいていることを知っていたが、敗戦直後ということもあり、軍を動かすことができなかった。

そこで元海軍たちが集まり、民間の力を使ってゴジラを倒すこととなる。

元軍の兵器開発を担当していた野田(吉岡秀隆)により、ゴジラを倒す「海神(わだつみ)作戦」が計画された。

野田の作戦は、気泡を発生させる装置をゴジラの体に巻きつけ、アルキメデスの原理を使って、相模湾の深海に沈めるというものであった。

もし、沈めても生きていた場合は、急浮上させて圧力差によってゴジラを破壊することとした。

そしてゴジラの相模湾への誘導は元戦闘機乗りの敷島が担当。
その戦闘機の整備を橘が行うこととなった。

敷島は密かに戦闘機に爆弾を搭載することを橘に依頼していた。

作戦は順調に進み、ゴジラを沈め、更に急浮上させると、ゴジラの肉体はボロボロになっていた。

しかし、ゴジラの体は徐々に再生し、背中が青く光り始め、熱線を吐く動作に入る。

口からその熱線が吐かれようとした瞬間、敷島の戦闘機はゴジラの口の中に突っ込む。
ゴジラの顔面が消し飛び、それを契機にゴジラの体中は粉々になって海に沈んでいく。

特攻攻撃をしたと思われた敷島だったが、整備士の橘が作っていた脱出装置により、敷島は生還。
敷島は無事に本土へ帰還。

陸上に上がると隣人の澄子から典子が生きているとの知らせを聞く。
病院で敷島と典子は抱き合って喜ぶも、典子の背中にゴジラの不死身の細胞が不気味に浮き出ていた。

場面は深海に移り、粉々になったゴジラが再生していくところで映画は終わる。

ゴジラとの最終決戦である海神作戦のところは最高に面白かった。

作戦が始まると同時にダダダン、ダダダンというあのゴジラのテーマ曲がBGMで流れ始める。
何度聞いても日本映画界屈指の名曲だと感じる。

しかし、ゴジラシーン以外の物語と、各キャラの演技・演出がダメ。
特に主役の神木隆之介の芝居が下手というか、過剰というか、不自然。

神木だけでなく、他の役者のセリフ・芝居も見ていて気持ち悪い。
アニメの吹き替えっぽい演技、といったところか。

冒頭に書いたとおり、ストーリーも単調かつ凡庸。
ゴジラという映画は、反戦・反核というテーマを持つ社会派の映画から始まっているが、本作品にそういったことは強くアピールされていない。

今更、反戦・反核もないだろうと考えたのかもしれないが、ゴジラVSヘドラ(昭和46年公開)などは、当時問題になっていたヘドロ公害を取り上げていた。

無理やりでもいいから、現代日本が抱える問題をゴジラを通じて表現して欲しかった。

ただし、本作品の一般的な評価はメチャクチャ高い。

ヤフー映画:4.3点
filmarks:4.0点
映画.com:4.0点

興行収入も数日で100億に届く勢いらしい。

期待せずに、お気楽に観れば、とても楽しい映画なのかもしれない。
自分で観て判断してください。

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